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俳優の天啓

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キム・ミョンミン ただ演技だけの人(インタビュー①)


“演技、しっかりしなければなりません。演技するのがまだとても難しいです。 私が辛くてこそ観客や視聴者が
辛いです。 そこで出てくる感じが本当ではないですか?”  

24日封切りするパク・ジンピョ監督の映画‘私の愛私のそばに’はルーゲリック病にかかった男と彼のそばを守る女の愛の作品だ。 ルーゲリック病は体内の筋肉が萎縮して結局身を処することはできない状況に達して死ぬ病気だ。 したがって‘私の愛私のそばに’の男主人公は実際ルーゲリック病患者のようにからだを衰弱にさせなければならなかった。 どんな俳優にも容易ではない役だった。
キム・ミョンミンが‘私の愛私のそばに’の男主人公ペク・ジョンウ役を提案受けたのは昨年の秋MBCドラマ‘ベートーベン ウイルス’の放映終了記念会食席であった。 キム・ミョンミンはシナリオを持ってきたマネジャーに腹を立てた。 ‘ルーゲリック病にかかった患者’という短い一文章だけでもこの役を消化するために経なければならない険しい過程が頭の中にかすめたためだ。 その上‘ベートーベン ウイルス’のカンマエに全身がまだ陥った状況だった。
しかしキム・ミョンミンはこのような‘運命的引かれること’を拒否できなかった。 結局キム・ミョンミンは‘カンマエ’と別れて‘ペク・ジョンウ’に投降することを‘決心’する。 所属会社はパク・ジンピョ監督の提案を受けた後二ヶ月後に‘私の愛私のそばに’のキム・ミョンミン出演を決めた。 イ・スンシン、チャン・ジュンヒョク、カンマエそしてペク・ジョンウ。 キム・ミョンミンのキャラクターはもう一つの極点に行った。

◇腰サイズ32から27に、からだにキズが出た

キム・ミョンミンがペク・ジョンウ役を担った後、体重を20kgほど減量したという事実はこれ以上新しくない。 ‘私の愛私のそばに’の予告篇を通じてやせこけて衰弱した彼の肉体が公開されたし撮影を終えた後にも70Kgを越えた彼の体重は60Kg序盤代で回復しないでいるからだ。

"まだ前のようにがっしりするとみられることはない"と憂慮を伝えるやキム・ミョンミンは“いつのまにか腰サイズが28まで増えた”として“たくさん回復した状況だ”と話した。 彼は映画を撮影して体重が減るのを服サイズの変化で実感したという。 毎日毎日数字が小さくなる体重計の針より、ある日着たズボンが大きくなって、さらに着ることができなかった時‘あっ! このように痩せて死んでいくんだ’としたかった。
キム・ミョンミンの胴回りは映画撮影過程で32サイズで27サイズまで減った。 今はある程度回復して28サイズで29サイズのズボンを履くようになったという。
“32サイズまで回復するのが今は目標です。 だがお医者さんが‘からだにキズが出た’として体重を落とす時より元の状態に回復するのに時間がさらに多くかかると心配したのですよ。”

◇ルーゲリク患者のように衰弱することを祈って

キム・ミョンミンが‘私の愛私のそばに’を撮影して感じた感情は非常に二律背反的だったという。ルーゲリック病患者のように見えるために極端な体重減量を試みてからだは非常に大変でうつ病症状までくるほど極端な状況に置かれた。
ところが撮影現場はかえって楽しくて幸せだった。 スタッフがこん然一体になって少しでもより良い場面を残すために努めたし、映画中はジョンウのようにハ・ジウォンだけでなく現場スタッフ皆の看護と世話を受けたためだ。 そして俳優として‘肉体’の神秘さをまた悟ることができた。
“ジョンウの病状が悪化するほど左手にマヒがきてコップ一つ握ることができなくなります。 ところが私が実際ルーゲリック病患者ではないからコップ程度は入る力がありますね。 ところで撮影ある日何の考えなしで左手でコップを捉えたがぷつんとのがしましたよ。 それを入る力がなくなるからです。 その時ア! 私が最小限この役を通じて観客をだましはしないだろうと思いました。


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キム・ミョンミンはジョンウ役を担って‘単に体重だけ落とす形でルーゲリック病患者を演技してはいけない’と多く自己暗示をしたという。 小さい部分までルーゲリック病患者のように見えてこそ、いや実際にからだがルーゲリック病患者のように変化してこそジョンウというキャラクターがリアリティーを得て人々に共感を買うと思うからだ。 またそれがルーゲリック病で闘病中である方々に対する礼儀と考えた。
幸いにも(?) 撮影終盤には演技をするキム・ミョンミンの肉体と演技を抜け出した自身の肉体の境界が崩れたのを経験した。 その結果‘本当にこういうことではルーゲリック病にかかって死ぬのではないか?’という恐れと‘ジョンウのキャラクターを私が表現やり遂げたんだな’という感情が一緒に押し寄せた。 その二律背反的な感情は俳優だけの天啓で特権だ。 またそれはキム・ミョンミンが演技を継続するようにする原動力でもあった。

◇飛ばない模範生が演技本チュァで

キム・ミョンミンはソウル芸大演劇学と在学時代‘飛ばない学生’だった。 家と学校他には他の所に行かなかった。 彼の同窓らはキム・ミョンミンをよく似合わなかった模範生と記憶した。
“私も在学時代に友人と交わって酒も飲んで遊びにも通って稚気も働かせたい心がなかったでしょうか? だが両親の反対にも演技をしたくて演劇学科に進学したのでそうすることはできなかったです。 両親に生活態度面で失望をさせたくなかったんですよ。 それでこそ後にでも演技者で生きていく時より大きい反対をしないと思いました。”
キム・ミョンミンは布教とともに医療奉仕にまい進する医者になれとの家の期待を拒否して演技をするとしソウル芸大に進学した。 中高等学校の時まで大きいもめ事を起こさなかったけれど大学入試を置いて両親と葛藤を経たこと。 それで‘白い巨塔’で外科医者チャン・ジュンヒョクで出演した当時彼の両親は願いをかなえたとしそれとなく息子自慢をして通った。


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キム・ミョンミンが自分の演技に対して哀訴と煩悶の言葉を吐き出し始めたことはこの時からだった。 キム・ミョンミンは‘私の愛私のそばに’のジョンウだけでなく以前の作品でイ・スンシン、チャン・ジュンヒョク、カンマエを通して独歩的な演技力を見せた。 彼に追いすがる修飾語は演技に対する絶賛が大部分だ。 例えば'キム・ミョンミンは演技の本チュァ'という意の'ミョンミンチュァ'がそうだ。
本来キム・ミョンミンは“演技するのがまだとても難しい”とため息をついた。 世間の賛辞を聞くほどさらに自分自身の能力に対して疑いを持つことになるということだ。

“台本を受ければひとまず頭の中が白くなります。 ‘私がこれをどのようにしなければならないだろう? 私がこの人物を表現する能力があるだろうか? 私がキム・ミョンミンを完全に抜け出してそのキャラクターになることができるだろうか? もしそのキャラクターに普段私の姿が入ればどのようにするか?’そう考えるならば結局‘私はとても不足したがどうするだろう?’と帰結されていつも結論は‘没入’しかないと自らを促すことになります。”
そのような側面でキム・ミョンミンは世の中に同じキャラクターはないと断言した。 キャラクターの性格はすべて違ったが俳優が演技をまともにできなくてキャラクターの個別性を引き出すことができないことだけであると強調した。 またキャラクターの中に日常的な生活を送っていく自身の姿が入り込むのは‘恥辱’と話した。

◇ 'キム・ミョンミンらしい'という話は恥辱キャラクターの中に私の姿は消されてこそ

“もしどんな役をしたがそれが‘キム・ミョンミンらしい’という話を聞くならばそれは恥辱です。 たとえばカンマエの笑いと私が実生活で笑う姿が同じではいけないということでしょう。 カンマエは左側口元を褒め称えてフフッと笑うキャラクターなのに私がカンマエを演技して緊張をのがして日常で私が笑うように両口尻尾が上がって笑えばそれは俳優の誤りです。 ところでそれはとても細かい観察力の監督でなければ俳優本人他にはよく分からないです。”

キム・ミョンミンは‘ペートベンウイルス’撮影当時現場で記者とのささいなインタビューさえ固辞した。 ある記者は10時間を現場で待ってついにキム・ミョンミンと言葉一語とまともに分けられないで帰ったというエピソードは有名だ。



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後ほどその記者におわび申し上げました。 ところで私が事実どんな人物に陥っている状況でまたキム・ミョンミンに戻って話をしてまたその人物で自然に帰る程の能力はならないようです。 カンマエから抜け出してキム・ミョンミンになればまさにカンマエが乱れますね。 他の人々が感づくことができなくても少なくとも私はそれを知っています。 その状態で演技をすれば視聴者たちをだます計算ですね。 それを俳優がしないことこそ最も重要なのです。”
そしてキム・ミョンミンは“演技、しっかりしなければなりません。演技するのがまだとても難しいです。演技する時、私が辛くてこそ観客や視聴者も辛いです。 そこで出てくる感じが本当ではないですか?”と問い直した。 その話を聞いて彼と交わした話を書いたのを見ると‘演技’という単語が彼の話あちこちに主語で席を占めていた。
キム・ミョンミンの人生には本当に‘演技’しかないだろうか? ‘スター’や‘芸能人’として公明心に対する欲求はないだろうか? 素早く疑いになる頃キム・ミョンミンは今年4月放映されたMBCスペシャル‘キム・ミョンミンはそこなかった’の裏話を聞かせてくれた。
“初めには‘なぜ私がドキュメンタリーの主人公か?’と固辞しました。 私が北極グマでもなくて生きる姿が特に違うこともないのにね。 結局映画会社側と連結になって撮影をしました。
その時担当ディレクターが‘芸能人と会って酒も飲んで似合う場面を望んだが本来そうしたのはないと愚痴したのです。 24時間撮影してみても演技練習と撮影会場行って仕事をしてそのような画面しかないとしながら。 ところで後ほどにはそれがさらに視聴者たちの反応が良かったという話を聞きました。 その話を聞くと私も理由なしに良いですよ。"

 



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映画「私の愛、私のそばに」の日本公開に向けて別館ブログを立ち上げました。 最新情報やキム・ミョンミン氏の過去のインタビュー記事等を紹介します。 こちらではコメントは受け付けていませんので、映画やミョンミンさんについてのコメントは本館「はっぴーるぴなす」でお待ちしております~(*^。^*) http://happylupin.blog113.fc2.com/
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