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ハ・ジウォンの再発見

 
ハ・ジウォン



























"ハ・ジウォンの再発見? 次期作選択が怖い"   

‘海雲台(ヘウンデ)’でチケットパワーを再度立証したハ・ジウォンはジャンルを問わずどんな配役でも自然に入り込む画用紙のような俳優だ。 それだけ余白が多くて引き出すことが豊富な演技者だ。 何よりキャラクターの人生を全て生きるために毎度保身を図らないで演技闘魂を発揮してきた彼女の誠実さは定評がある。 葬儀指導者チスの‘私の愛私のそばに’も同じだ。 ハ・ジウォンは配役のために7年間の伸ばした髪を切って実際ヨムスプまで習って葬儀指導者役を準備した。 またしっかりしていてりりしいキャラクターで特有の元気な魅力を発散すると同時に、夫を献身的に看護する妻で涙の熱演を広げて一層成熟した魅力を見せた。

-‘私の愛私のそばに’のシナリオを受けて撮影に入る前から葬儀指導を習ったことはもちろん実際生活もチスのように生きたと。

●私も今回の映画を準備して念じるのは初めて見たが、現世での最後の姿を空に送る意識なのではないか。 チスの役のために実際葬儀指導の姉さんに直接会ったが映画の中のチスのようにとてもていねいで美しく塩をして上げたよ。 事故に遭って顔形が崩れていればその中に綿を入れて形を捕えて似合うリップスティックに頭もきちんととかして差し上げる。 普通他の人は手袋をはめて中間中間省略してする部分もあるのにその姉さんは手でそれをみな触ってくれる。 ていねいに美しい姿で天国に送るとチスのようにその姉さんも人気があった。 一度その姉さんに葬儀指導を受けられた方々は家族の家族がずっと連結して下さってその姉さんだけ探されますね。 その方を通じてチスの姿をたくさん投影して見ることができた。 また劇中チスが酒が好きなのに私は一人で酒を飲みに行ったこともない。 だが葬儀指導を学び一人で酒も飲みに行って少しずつチスになって行くようだった。

-パク・ジンピョ監督様の映画らしくキャラクターの感情を洗練されるように加工したり映画的スタイルで包装しないでリアルにドキュメンタリーに近いトーンで完成された。 ある部分では演技する俳優の立場でも見慣れない経験になったようだったが。

●実際私に近づいたのと同じだ。 私たちの映画は残忍なほどとてもリアルでそのために他の映画に比べて心をさらに多く開いたが、このように胸をちょうど殴ったように深い傷ができた。 かなり大変でした。 人にも会えないし。 撮影が終わった今でもそうです。 これが単純に一人の男を愛し離別をむかえた感情に留まる状況ではないのではないか? 愛した人の死を見守って塩までして送った状況だと思うとその感じがかなり変だった。 何と正確な表現で説明しにくいがそんな感じだった。

-死というものをなじむように受け入れるほかはない葬儀指導者という職業を持ったチスさえ、愛と相対している死の前では黙々できないという現実が劇的に近づきました。

●目の前でとても簡単に向き合う死なので誰よりその死を淡々と受け入れて生きてきた女が終わりが見える愛をするか? それ自体が本当に妙に感じられました。 私が愛する人の死を見守っていつもしてきた塩をその人にもするのを見て‘この女なんだ。 かなり残忍だ’という考えになった。 でも映画を全て撮ってから考えてみると自らの最後の姿を愛する女が塩をして送ったのではないのか? ジョンウは世の中で一番幸せな男だった。 チスも同じだ。 私が愛する人を他の人の手でない私の手で送るということは幸せだった。

-キム・ミョンミン氏がキャラクターのためにあまりにも苛酷な体重減量に入ってジウォン氏を含む監督様とスタッフたち全員が現場でミョンミン氏を患者扱うように見てあげたと。

●現場で終わってもミョンミン先輩を尋ねられなかった。 普通撮影をすれば監督様と俳優たちで集まって酒も飲んでご飯も食べて何回も会食席を持つのではないか? だが苛酷な体重減量で疲れていくミョンミン先輩を置いてそのような席を用意できなかった。 それで私どもの現場はいつも撮影が終われば各自散って宿舎に直行した。 おかげで私は4-5ヶ月撮影する間ミョンミン先輩でないジョンウだけに会った。 それで他の映画より感情に簡単に陥ったようだ。

-チスの感情を邪魔したり壊すことができる外部刺激がなくて演技する良かった。

●本当にそうでした。 私が本来しないのに今回チスを演じて一人で‘アザ’殴るクセまでできた。 ミョンミン先輩は目の前でますます衰弱していって私は私なりに分からなかった感情を胸で受けてくると宿舎に入ってくればある間気を落とすことになりましたよ。 そのためかTVもほとんど見なかった。 そのまま音楽聞いて受け入れられないご飯だが食事して散歩して。 私の頭の中でもからだがそんなことだけ望んだようだ。

-メロージャンルの映画だと見ると相手俳優とのリアクションが重要にならざるをえないのにジョンウというキャラクターが時間が流れるほど四肢を動かすことができなくて話も出来ないだけでなく顔筋肉で感情を表現することがさえできない側面もあったようだ。

●ピンクル踊って指輪を受けながらもチスと目だけで会話したのに不思議にも何の話をするのかわかった。 あたかも幻聴が聞こえるようだ。 私も演技して初めて経験したことだった。

-12才観覧可だがパク・ジンピョ監督の作品らしくリアルなル-ゲリク患者の性欲とそのセックスを見る場面が登場する。

●下着姿もあってベッドシーンもあるのに他の映画でベッドシーンを撮影したのとは違った感じだった。 もちろん監督様が多い部分配慮して下さったが感情が先にでその次が露出という気がしたからなのか他の作品で感じたことより恐れが減った。 また映画の中で多少直接的なセリフが登場するが俳優が撮影する時きまり悪がったり恥じてはいけないから結婚した姉さんたちを集めて本当に色々なバージョンで練習をたくさんした。 そのたびに姉たちがアドリブでもっと深刻な話をしてくれて慌ててしたりもした。(笑)

-ジョンウに向かったチスの心は全て愛であったか?

●周囲では君それは同情であって愛とは違うよと言うようだ。 私やはりTVで似た理由の話を見た時、これがすべて愛ではないと思った。 でも違いました。 これが愛でした。 私どもの映画が順に撮影をして見たら私も分からなかった感情を胸に受けて全てチスで暮らしてみたがジョンウを愛してそばにいることができました。

-順次的な撮影がキャラクターの感情を積んで行くのに助けを与えただろう。

●そうでした。 リアルに近い映画は順にとるのがおもしろいようです。 単純にシナリオで感じた感情だけで演技するのではなくそれの3-4倍以上をもっと持っていくように。 監督様もそのような話をされた。 シナリオは50%で残りは俳優らが満たしていくべきだと。

-実際パク・ジンピョ監督様は映画で俳優が先に見えるように映画的スタイル見るという俳優の演技が極大化されることができるようにさせて下さるスタイルですが作業してどうですか?

●現場で常に音楽をかけて下さって監督様が本当に気楽にして下さった。 普通人物に陥ってみるならば苦しくなる要素らもできるものなのではないか? そうする時,緊張したりストレス受ければ必ず辛いことを食べなければならないスタイルなのに監督様が自らトッポッキも買って、コーヒー飲みたがればコーヒーも下さった。 作品自体は大変な映画だが本当に最高のコンディションで撮影できただろう。 私がチスを演技するあって妨害要素が一つもなかったというか、そのような状況自体がとても幸せだった。

-パク・ジンピョ監督様はジウォン氏を画用紙のように純粋できれいな俳優といったよ。

●とても感謝する言葉です。 そのような言葉を聞けば気持ち良い。 ハ・ジウォンでない‘ファン・ジニ’、‘茶母(タモ)’のチェ・オク、‘私の愛私のそばに’のチスとして見てくれたら俳優としてとても幸せなことです。

-映画が公開される前には殺人的な減量闘魂で話題になったキム・ミョンミン氏の演技にフォーカスが当たったが映画が公開された後ハ・ジウォンの再発見という話が出てくる程印象的な存在感を見せたという好評が続いている。(笑)

●私はよく分からないですが既に見た姿とかなり違うと。 今までハ・ジウォンから見ることができなかった感じだったと。 それで次の作品が期待されると。 ところでその言葉がとても負担になります。 本来シナリオ自体は慎重に選ぶ方だが負担感を持って選択したことはないのに今度は本当に負担です。 恐ろしかったり。 先の作品の‘海雲台(ヘウンデ)’までうまくいったためか少しの間休むようです。 本当にどのようになるかわからない。

-率直に俳優仕事を始めた以後まともに休んだことがないのではないか?

●休むべきだとの考え自体をしなかった。 社長がいつも作品が終われば‘オ苦労だった’以上のお言葉をしない。 新人の時から称賛をたくさん聞く方ではないからなのかいつも新人の気持ちで‘さらに熱心にしなくちゃ。 私は不足している’といいながら休まないで駆けてきて10年という時間が流れたのも分からなかった。
ところが今回‘私の愛私のそばに’を見て社長がメールを送ってくれた。 ‘映画を見たが演技がうまかった、ご苦労だった’と。 初めて聞いた称賛だと本当に涙が出そうでした。(笑) それと共に一方で思うのは今までは私が好きでとてもどっぷり浸かっていたしそのことに私を皆投げたものだが、この姿で留まらなくて少しずつ成熟する姿と変化をお見せするなら私の個人的な経験も必要だという気がし始めた。

-膝打ち導師に出てきて話したがデビュー以後ハ・ジウォン個人の生活を送った記憶が殆どないといっていないのではないか?

●高等学校を卒業した以後俳優でデビューして出て個人的な経験を持つ機会がなかった。 作品の中人物でないハ・ジウォンとしての経験はしようしなかったし機会もなかったし時間もなかったということがふさわしい言葉だろう。 それで私が映画の中で誰が好きならば相手やはり私が好きかは分からないだろうが私はその相手役に本当に陥ってしまう。 その状況にだけとてもどっぷり浸かって生きるのに最近になって考えが変わった。 個人的に多くの経験をしたくて新しい人も会ってみたいという欲が出た。 それと共に一人で旅行に行くべきだとの決心もすることになったし。 私がずっとこの姿だけ見えるのではないようだったよ。

-ハ・ジウォンという俳優が誠実だということに異議を唱える人はあまりないようだ。 ただしジウォン氏ファンたち立場ではもう少し本人の人生を用意するように願う心もあるようなんだけど。

● ‘膝打ち導師’を見てファンクラブ会長が“俳優ハ・ジウォンの人生や人間ハ・ジウォンの人生皆最高になって下さい‘というメールをもらった。 感動だった。 ファンだが俳優ハ・ジウォンの姿だけ愛するのではない人間ハ・ジウォンの人生も大切にすることではないのか?

-有難いファンたちだ。(笑)

●ところで今回試写会をきたファンたち中には慇懃心配する視線もある。(笑) ジウォニ姉さんに良い男が現れれば祝賀しようとしたファンたちが映画を見て意外な文を載せたよ。 ジウォニ姉さんに愛する人ができれば映画のようにどっぷり浸かってとても献身的そうだと。 恋愛したり結婚すればその感情にだけとてもどっぷり浸かっているかファンたちが心配になりますね。(笑)

-本当にそうするようだ。(笑)

●私がひとつに陥ればとてもどっぷり浸かるスタイルであることは一ケ所周辺でも一人で旅行に行くというと旅行にとてもどっぷり浸かって帰ってこなかったり、ジプシーになったり、男に会ってくるのではないかと冗談半分本当の話半分で心配したよ。(笑)

-そのように見れば関係者たちや記者らの間でアンチ ハ・ジウォンはないようだ。(笑)

●私が心に閉じ込めておけない。 したい話すべてしてクールするようにして見たらそのようだ。 本当に私の心中に嫌う人がただ1人もない。 仕事をする時もしたい話すべてして見たら監督様と疎通もうまくいく。 仕事をする時はそれが良いようだ。 仕事をする時は皆同僚だから。

-の前に自然人ハ・ジウォンのために何かする計画は持っているか?

●作品の中人物を演技するために生きる私はあったが私のために生きる私はなかった。 とても長く私を放置しました。 それで今は私をちょっと愛そうと思います。 そんなふうに考えたら話をよく聞いた私がわけもなく反抗もしてみて酒も飲みに通ってしばしば遊んで前にしなかった仕事をしている。 これが上手なのか? 合うのか? あれこれ考えになるがそれでも本当に良い。 今回一人で旅行行くということも所属会社で許諾しなければそのまま話さなくて離れてしまうつもりだ。(笑) 30代に一歩遅れた思春期をむかえたんだろう。(笑)

-30代に後遅れた思春期をむかえてどんな素敵な事故を起こすのか期待している。(笑)

●今は頭の中にすべて旅行考えしかない。 良い経験たくさんして次にに会う時はおもしろい話たくさんして差し上げます。(笑)

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