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イ・ドンジン 集中インタビュー (2)

キム・ミョンミンの苦痛と楽しみ 

キム・ミョンミン



















封切り前から‘私の愛私のそばに’にあふれた評壇の多様な評価を見てどんな考えをしましたか。

“皆期待をたくさんされたようです。 その点に対して本当に感謝申し上げます。 期待が大きければいくら立派な作品でも失望する部分もあります。 良い評価もあってそうではない評価もあるが‘私の愛私のそばに’は外部の評価と関係なく皆が力を合わせて作った作品であることは明らかです。 今私どもはこの映画でひとつの評価を受けているようです。 その以上でも以下でもないです。 評価を切下げされたのもなくてその反対もないようです。”

-‘私の愛私のそばに’という映画を置いてすべて減量にだけ記事と話題が集中する状況に対しては物足りなさや負担感がありませんか。

“それは仕方ないようにします。 ひとまず記者の方が記事を書くためには色々なソースがあるだろうがその中で最も書きやすいのが減量ですから。 書くことになれば反応が直ちにくるのが減量記事なのにどうします。 読者は読みたいものだけ読むから結局読者が減量に対する内容を見たい計算でしょう。 そしてどうせ大衆映画はより多い観客が訪ねるようにしなければならない状況で減量に対する話が観客の方々をもう少し強力に劇場に呼び起こすことができるということです。 それがまたトリックでなく事実であるから仕方ないです。 私が物足りなさを表現するといって変わることもないでしょう。”

-封切りを控えて俳優が‘膝打ち導師’のような芸能番組に出演する例が多いがキム・ミョンミン氏はそのような席を敬遠されるようです。

“わざわざ出て行かないのではありません、出て行っても特別に話す話がないためです。 他の人々を笑わせる才能もないし。 私が視聴者でTVを見る時もそのような席に出演して笑わせることができない人を見れば非常にばつが悪いですね。(笑) そのような席ではどうしても俳優の私生活を主に心配していているのに私にはお知らせする程すごい私生活もないです。 私があまりにも退屈で退屈な人ですから。(笑)”

-演技をして演出者と意見が違う時も多くはないですか? そんな時はどのようにされましたか。

“違う意見があってもパク・ジンピョ監督はその場で俳優がうなずくほどの話をして下さいます。 監督の話に説得力がなかったとすれば多分そのように演技ができなかったでしょう。 俳優が納得が行かなければ演技できませんね。 でも監督の話はだいぶ力があったのでその意図のとおり演技しました。 私の意見も確かに受け取って下さいましたし。”

-‘私の愛私のそばに’の導入部で黒い喪に服して登場した最初の場面からその顔が私が知るキム・ミョンミン氏の姿とかなり異なって驚きました。 この映画撮影にちょうど入った時の心がけはどうだったのですか。 どのように演技することに決心されたのかです。

“人間キム・ミョンミンが持つこともできる邪悪さを含むすべての悪いものをみな取り出してきれいな気持ちで臨みたかったです。 女たちが妊娠すれば良いように良い考えだけして胎教に良いということはすべてするでしょう? そのような心情でした。 しかもその初めての場面は母をちょうど送った純粋な青年の心が表現されなければならない大きな課題だったからです。”

-‘私の愛私のそばに’の後半部場面では身体の状態があまりにも良くなくてどのように演技をしたのかよく思い出さないといいました。 方向感覚も失って人もよく理解することができなかったそうですね。

“その時はただくることがきたという考えしかありませんでした。 医師と相談をしたら狂ったことだと言われましたよ。 私の身体が本来脂肪があまりない状態だったというのに、そのような状況で急激に痩せれば低血糖をはじめとする色々な症状が順に襲撃してくるということでしたね。 さすがの時間が経過すると医者が警告されたことがみなきました。 だがすでに知っていたので慌てないで当然のことと受け入れました。 ますます症状が激しくなるとそのような考えはしましたよ。 寝て目を覚ました私が起きられなければどうするか。 なぜなら席に横になったのにずっと天井が回りました。 空中に身体が浮いているようだったんですよ。 それが撮影会場でも続いたのです。 その一方ではそのような感じを受けることができて幸いだという気がしました。 そしてこれが人間の弱気な限界なのかと思ったりもしましたよ。 この程度にこのように崩れるふるまうようだったんですよ。”

-俳優はいくら劇中の役に没頭してもそのすべての演技を自ら統制しているべきではないだろうかと思う疑問を感じたりもするんですが。

“私としてはそのような感じをのがしてはいけなかったですから。 それが私の最善でないかしたいです。”

-役に全て没頭するために宿舎でもカーテンを垂らして室内を常に暗くさせられたといわれたでしょう? そして撮影期間中ずっと不眠症とうつ病を耐えられたうえに家族とも完全に連絡を切ってお過ごしになったんですって? ややもすると健康に致命的であることもある体重減量だけでなく精神的にも荒廃することこの上もない状態で自らを追い込まれた計算なのに必ずこんなにまでしなければなりませんか。(笑)

“そのような行動や状況造成が私が俳優をしようと思った理由ではちょっとの叶わなさもないようです。 そうでなかったら俳優の仕事をしなかったでしょう。 その瞬間は自らが利己的と考えることはできないです。 その時はこの世の中に私一人だけが立っていて、最も恐ろしかったことはまさに私自身です。 私がよくやり遂げようがそうでなくても、私の中にある私は正しくすることができなかった時に私をとても困らせますね。 最善を尽くせなければそれが最も苦しいです。 自分が情けなく感じられる時が多いが、そのなかでもそうする時が一番嫌います。 そうするうちにさらに努力をするでしょう。 私もちろんあまりにも苦痛ですが私が真正性を持ってカメラの前で演技した後に多くの方々がその姿を見て心が動くものを確認する時、私の苦痛は大したことでないと考えることになります。 その方が画面の中の私を見て感動を受け涙を流したというときは逆に私がさらに悲しくなり感動を受けます。 そのたびに気分がすっきりして自らさらにむち打つことになるんです。”

-その瞬間には仕事が家族でもはなはだしきは生命よりもさらに大切なのですか? これはちょっとバカな質問なのに演技だというのがもちろんあまりにも重要なことだがそれでもそこに命をかけるほどの価値があるのでしょうか?

“十分にそれ以上の値打ちがあると信じます。 私の寿命がどれくらいあるかは事実分かりません。 何か事故がおきて直ちに死ぬこともあるじゃないの? そんなことが人生とか人生のあらゆる分野で最善を尽くすことはできなくても少なくとも私が幼かった時から夢見てきたこの分野だけは最善を尽くして死んだという声を聞きたいです。 当時には家族が大変がるだろうが私が亡くなった後にはこういう声を聞くことにならないですか? ‘あなたお父さんはまともに生きていきました。’それで残った家族も満たされるでしょう。”

-亡くなって満たされることを抱かせるのも価値あることだが、世の中に残っている時家族に十分に気立てが優しく対してくれられるのも良くないでしょうか。(笑)

“平常時には十分に可能です。 ただし作品に入れば難しくなります。 撮影中には家族や友人と関係を切るのがむしろお互いにより良いこともあります。 お互いに助けなることが全くないですね。(笑)”

-今は家族も慣れたんでしょうね。(笑)

“その間には理解してくれて電話かけてきません。 3~4ヶ月の間どこへ行って死んでもよく分からないんです。 インターネットで時折私の消息を確認して安心するといいましょうか。(笑) 今回も撮影のために父の喜寿のお祝いに参加できませんでした。”

-そのぐらいになれば恨みもあり得ますよ。

“みな理解して下さい。”

-本当にすごいです。(笑)

“理解するのが家族も楽でしょう。 理解しなくても仕方ありませんから。(笑)”


キム・ミョンミン




















-キム・ミョンミン氏のファンたちは他のスターのファンたちとちょっと違ったようです。 愛よりは信頼がさらに重要な場合といいましょうか。 ところでファンたちが今回の演技のためにからだが大きく傷つかれたかと思って大いに心配されるようです。 特に命までかけたような挑戦に願望でない願望をしたりもされたんですよ。

“そこまで心配されなくてもかまわないけれど。(笑)
ひとまず、どんな努力の結果がそれだけ努力を傾けるほどの価値があることなのかをあらかじめ知って始める人はないということです。 その価値というものは結果が出た後の評価だけでしょう。 私にはそのように苦心して努力する過程が本当に重要です。 違った方々は私がどのように自分自身と戦ったのかに対して正確に分からないでしょう、それは恐らく水面上に平和に浮いている鴨が水の下で死力を尽くして足蹴りを継続するのと類似するんです。 私は私との戦いで時には勝機を捉えたり時には負けたりもして4ヶ月をそのように過ごしたのです。 ファンの方々が分からない私だけの達成度あります。 そんなことらが知らず知らず私にで入り込みました。 ファンなのでされる心配だと考えます。 その方たちが小鉢にそうしたとすればその心がとても感謝したことでしょう。 私より先に私の心を代弁して下さるようです。”

-一般ファンたちだけでなく記者が書く記事もキム・ミョンミン氏に対してとても好意的でしょう。

“私や私の事務室の人々は言論プレーということをしたこともなくて記者の方とご飯を食べたこともないのにかかわらず、ある瞬間私に対して書く内容を見れば‘この方がファンなのか’みたいです。(笑)”

-私の周辺記者ら中でもキム・ミョンミン氏ファンが少なくありません。(笑)

“表面に見える結果でなく長い過程で闘いをひとつひとつ認められる感謝します。 結果よりもさら貴いものを得ているんです。 目に見えるのはそんなに重要ではないようです。 結果に対して考え始めれば終わりがありません。 ‘私が狂ったことをしたんじゃないの?’ だがそのような後悔をする必要がないようにします。 それは私の選択がどれくらい愚昧だったかを自ら表わすこと以外ならないということじゃないの。 もちろん身体が以前のようなことはありません。 ちょっと壊れたが回復するでしょう。 医師は私の状態に対して一度壊れた身体は以前に戻らないと悲観的におっしゃるが、そうですね。 どうせ人の身体が100年を生きるように作られたのでもないではないですか。 生きて死ぬには大きい支障ないと思います。(笑)”

-初めて配役を引き受けてキャラクターを作る時どこから始められるんですか。 例えば私が感じるのに‘ベートーベン ウイルス’のカンマエには声で始まったキャラクターという感じをもったんですよ。

“本質が何かを把握するところから始めます。 カンマエの場合を例をあげますね。
彼の性格が角張ろうがとにかく、その全てのものをカバーすることができるのはカンマエが天才指揮者という事実です。 それで彼に似合う指揮練習が必須に要求されるんです。 ひとまず指揮をできなければ性格は何も効果がないということです。 天才指揮者を作っておいた時にはじめて彼が毒舌を浴びせようが何をしようが感じがくることになるものです。 カンマエがそこまでならなければならなかったことは彼が指揮が上手なためであることです。 語り口やヘアースタイルあるいは表情のようなものはその次のことです。 その役を担った俳優が指揮をできなければ視聴者たちを説得させることができません。 目にそっくり見えますね。”

-大部分の職業がそうですが、演技は特に結果が全てのものをいう分野であるようです。

“演技をしていれば数多い問題が生じたりもします。 私が台本を撮影直前に受けた場合もあります。 昨日夜にお母さんが亡くなった場合もあるでしょう。 だがそうしたのは誰も認められません。 目に見える結果だけで判断するんです。 ‘あの子が事情があって眠れなくて撮っただろう’と勘案してみる観客はないということです。 睡眠を1時間さらに減らし練習すればそれがそっくり見えます。 そのような努力が結局真正性を伝達してキャラクターを生き返るようにするんです。 むやみに‘便塊り’と悪口を吐きだすのに誰がカンマエというキャラクターが好きですか? ところがその場まで上がるようにした情熱と努力があったので魅力が生じるんです。 それを俳優がどのように見せますか? 指揮する一場面で見せるのです。 そうでなければ真正性ができません。”

-何年か前‘白い巨塔’で百想芸術大賞男演技賞を受ける時に話した受賞所感が印象深かったです。 “(演技で)あふれるより足りないのがより良いということを知りながらもそれがどれくらい難しいのか今回分かった”と話したでしょう。 これはキム・ミョンミン氏の演技原則のようなものなのか、今でもそのように考えられるでしょう?

“そうです。 ところでとても大変です。 実は過ぎる演技をするのは本当にやさしいです。 キャラクターの感情を表現する時その感情を分からないから俳優がオーバーになるのです。 オーバー演技のようにやさしいことはないことです。 だからもう始めて1年しかならない新人は演技がとてもやさしいと感じたりするんです。 そのような新人が犯す間違いは私は十何年目で犯したくありません。 今まで相変らずそうしているならば演技を継続してはいけないということですね。 だがまだよく分からないです。 ただあふれないためにします。 私が判断がよくできければ監督に託していく方です。”

-‘撮影直前までげらげら笑っていたずらをした演技者がカメラが回る瞬間急変するのを見れば感嘆するばかりだ’という話で俳優の神秘な側面を取り上げ論じる監督にたびたび会います。 キム・ミョンミン氏は現場で撮影中である時と撮影直前の姿がそれほど違うと思わないことに、こういう場合に対してどのように感じますか。

“本当にうらやましいです。 どのようにそのようなことが出来るかと思ったりもします。 ところで俳優として私が一つ信じることがあります。 そのように演技するならばカメラに捕えられない詳細な部分までは表現できないだろう。 精力剤が良いといって服用した直後から直ちに効果が現れるのではないように、そんな信頼もないならば俳優としてとても大変じゃないでしょうか。 何の差もないのに私が死ぬほど苦労だけしているならば本当にみじめなことです。 その方たち程の才能はないが、私もある程度持って生まれてついたりしてですね。”

-演技する時に楽しみますか。 でなければ苦痛だが後ほどやりがいができますか。

“苦痛だが結局は楽しむと話さなければならないようです。 なぜ骨を折らないです。 しかしそれは結局楽しみです。 ‘私の愛私のそばに’の撮影会場でもやつれた自分の姿を見て驚く人々の表情を見れば本当に楽しかったです。 撮影日程の間に二日間の休みの間でもできれば‘この隙にさらに痩せて出て行かなくちゃ’と決心をするんです。 二日後また出て行った時スタッフがその間にとても痩せて心配すれば表面でティーは出さないけれど中にはげんこつを握って‘やった!’と叫ぶのです。 快感最高でしょう。(笑) はなはだしきは扮装チームは序盤からずっと私を撮って後ほど痩せた過程をひと目で見られるようにしました。 それで私は分からないふりをして‘扮装が上手で私が痩せたように見せてるんじゃないの?’と問い直したりもします。”

-そんな時、その話を否定してくれなければまた心が傷つきますね。(笑)

“そのとおりですよ。(笑) 映画が観客にお目見えする前にスタッフから先に認められるということは本当に気持ち良いことです。”

-キム・ミョンミン氏は自らを消して配役の中に完全に溶けて入っていくメソッド演技をします。 韓国の代表的なメソッド俳優の中の一つでよく議論されるキム・ミョンミン氏が考えるこの時代最高のメソッド俳優は誰ですか。

“ダニエル・デイ・ルイスとショーン・ペンが本当に激しいです。(笑) すごい俳優です。
‘I am sam’でも‘ミルク’でショーン・ペンは本当に立派です。 ‘There Will Be Blood’でのダニエル・デイ・ルイスを見れば課したと思うほどじゃないの? 私はあの人がダニエルデールイスなのかか疑いながら見た位だ。 音声をそうしようと声帯をぶっ壊すほどに五十音を出したと言うのにすごいですね。 ハリウッドは商業的なブロックバスターもたくさん取るがそこで活動する俳優たちの演技力でも本当に最高水準のようです。"

-反面どんな役を受け持とうが役を自身に引き込んで長生きする演技者もいます。 何のキャラクターを演技しても俳優自身の個性を投影させる人々に対してはどのように感じますか。

“各自方式が違うと考えます。 その方らそれなりの立派な容貌があります。 全てのものを自分化して観客に見せることができるということは実にすごい魅力ですね。 一方で私はそのような持って生まれた魅力がないので自分の姿をみな消した後に役に入ることができることという考えにもなります。 持って生まれたのが途方もなく卓越すれば役を私にに引いてきて演技することもできたようです。 ところで私は少し持って生まれた俳優なので後天的な努力をしながら役に私を合わせるようです。 私が学校通う時からメソッド演技を学んできた理由も大きいです。”

-1996年にSBS公開採用タレントでデビューした以後少なくない期間を無名演技者で過ごしました。 その時期を何で耐えられましたか。

“ひとまず私は駆け足走者としてまだ出発をしなかったと考えました。 デビューはしたがスタート ラインを蹴飛ばしたことがまだ違うと感じたので以前までのすべての時間は演技者としての準備時間だと見たことでしょう。 だから出発がはやくてもそうではなくても私には特別関係がなかったことでしょう。 もちろん無名時期が大変なことはしました。 何より周囲方々の視線が一番負担になりましたよ。 自然に親戚家に行かなくなって家族行事にも遠ざかることになりましたよ。 親戚は私を見てしばらく仕事をしなければならない年齢なのにテレビで見えないと話したでしょう。 でもその時期にも私は本当に熱心に仕事をしましたよ。(笑) だが端役であったため親戚の目には見られなかったのでしょう。 それでも出発ライン地点だから関係ないと考えました。 本当に勝負は出発以後からだと見たのです。 その時仕損じないようにするなら今さらに積まなければならないという考えでその時期を持ちこたえました。”

-それなら自ら‘これが出発だな’と思ったのはいつですか。

“2000年に放映された‘お熱いのがお好き’で初めて主演をした時でした。 そのドラマでMBCで新人賞を受けて出た後あちこちでラブコールがきて忠武路(チュンムロ)に進出して初めての映画‘鳥肌’をとることになりました。 その後主にスリラーシナリオが多く入ってきて内心出発がうまくいったと思うことになりました。 ところが以後3~4年の間私が参加した映画が3編もひっくり返って打撃を受けました。 ‘スタントマン’のような映画はほとんどみな撮影したのに制作が取り消しになりました。 苦労終わりにいよいよ出発したがずっと後ずさりをしているという自己恥辱感ができました。 ‘ひとまず出発をすればずっと走ることができたが違うんだな’‘私が俳優として才能がないようだ’とまで考えることになりましたよ。”

-今まで全8編の映画に出演してそのうち5編が封切られました。 だがキム・ミョンミン氏は‘白い巨塔’や‘ベートーベン ウイルス’のようなTVドラマではるかに鮮明に記憶されます。 テレビドラマでとてもパワフルな姿を見せた反面、映画では結果的にそうでなかったことはどんな理由でしょう。

“テレビはねじりさえすれば誰でも見られます。 反面映画は限定された方々だけ見られます。 本人の意志で金を出してわざわざ選択してこそ見られるのが映画ですからね。 そのような面で二つの媒体の差があるんです。 テレビでは私が演技したそのまま出て行くようです。 演技をする時もこれがどのように見られるのか感じがきます。 ところが映画はよく分からないです。 テレビは比べてみた通り放送になるが映画は台本と全く違う結果が出てくる時も少なくありません。 率直に振り返ってみれば今まで私が撮った映画は自分自身が努力が足りなかったようです。 ‘無防備都市’のような作品は私がとても簡単に演技しなかったようです。 映画をずっととるといったが制作途中ひっくり返ってしまう場合が多かったです。 それで8編に出演したのに5編だけ封切りすることになったことでしょう。 私もたくさん惜しいです。”

-ひょっとして自分の演技スタイルがテレビにさらによく合うと考えますか。

“そうではありません。 演技環境は映画が比べることができないほど良いからさらに気楽です。 テレビがはるかに大変な場合が多いです。 自らを絶えずしばらなければなりませんね。 ある瞬間も放心できません。 なぜなら0.1秒油断する瞬間、画面にそのキャラクターでなく自分自身が出てくることになりますね。 映画は待ってくれるがテレビは待ってくれないですから。 そのような面で原初的であるところから何かを引き出さなければならないという負担があります。 少しの間安心する瞬間、普段の口癖が飛び出してきたりもして。 しかしテレビはとにかく演技者がしただけそのまま出て行きます。 映画はちょっと違います。”

-結局演技で何を成し遂げたいですか。

“私には別に夢もないです。 退屈な人でしょう。 私の夢があるならばそれはいつも次の作品です。 次の作品で私が引き受けることになる役割でしょう。 その人物の人生を演技で生きていく間、私がその中に入ってその人を表現するのが私の夢です。 それが実話だろうがなかろうが数奇なその人の人生話です。 以前には遠い未来に向かって目標を設定したりもしました。 だが鼻の先の次の目標も達成できないのにそれが何の意味合いがあるようだったんですよ。 本当に演技を上手にしたいです。”

-時間が流れるほど演技者としてますます良くなる自信があるのですか。

“ないです。 そのまま熱心にするんです。 ある日突然演技の神が私に降臨しない限りそれは容易ではないことです。 ただしとても少しずつでも良くなったらいいですね。”

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イ・ドンジン 集中インタビュー (1)

‘私の愛私のそばに’キム・ミョンミン ある演技原理主義者の行く道

キム・ミョンミン





























文=イ・ドンジン)
俳優というのは名詞でなく動詞だ。 実は枝でなく根元で開かれる。 偶然はない。 精神よりからだがさらに正直だ。 世の中を説得するためにはまず自分を説得しなければならない。 全てのものを投げることができないならばいっそ何も投げないのがより良い。 私が知っていることでなく私がすることが真の私だ。

キム・ミョンミンが歩いてきた道の道しるべにはそのように記されているようだ。 彼は自らを立てるスターよりは自らを消す俳優の道を着実に踏むことによって逆説的にますます鮮やかになる‘演技者キム・ミョンミン’の像をもたらした。 ポーランド司祭のようでドイツ兵士のようで英国科学者のような彼の姿があたえる感動は優れた演技とその演技を選ぶそのような態度から同時に受ける。 彼には演技法が他にない。 ただ生きていく方式があるだけだ。

‘私の愛私のそばに’でルーゲリック病にかかった患者ジョンウ役を担って体重20kgを減量して熱演したキム・ミョンミンに封切り前日に会った。演技をする時のようにインタビューでも終始誠実だったが、予想よりもう少し明るくて愉快だった。 まだ健康が完全に回復していないが、あるときは初めて手に握ったおもちゃを眺める子供のような目つきも何回か光らせた。 自らに厳格で他人に寛大な人が良い評判を受けなければならない理由を彼から今一度発見した。

だがすべての瞬間に彼の演技観は確かで発言は積極的だった。 演技に関する限り彼はすべての質問に明確な返事を用意していた。 すべて絞り出してこそはじめて正しい演技ができると信じるある演技原理主義者との興味深いインタビュー3時間。


-‘私の愛私のそばに’が明日公開されます。 テレビドラマの初放映を待つ時とはどうしても感じが違いそうですが。

“映画は公開される前に試写会を何回もするから反応をある程度知ることになります。 封切り以後には一般観客の評価だけ待てば良いのだからどうしても気楽です。 映画は基本的に監督の芸術ですからひとまずクランクアップしたら俳優として私の役割はすべて終わりでしょう。”

-この映画の演技に対してすでに多くの話をお聞きになったでしょう?

“そうです。 ‘私の愛私のそばに’は封切り前から本当に多くの称賛を聞きました。 私の演技力よりは感心なほど努力をするという点で良く見られるようです。 私もこの映画を通じて自分自身との戦いに勝ったようで心がかまいません。 テレビではあまりにも忙しく撮影するので事実どのように撮ったのかもよく分からない時が多いですね。 時間的に自らの演技を整える余裕もないです。 それで映画よりはテレビドラマの初公開の瞬間がさらに不安です。”

-反面テレビドラマは初放映以後の反応により以後の演技を修正することができないですか。 映画は一度封切ればそれで終わりですが。

“そのとおりですよ。 テレビドラマは初放映以後このように演技すればどのような反応が出てくるのかが相当部分予測できるから気楽な面があります。 映画は演じる時にはるかに精魂を込めることができるがひとまず完成したら再び元に戻すことができないというのが残念です。”

-‘私の愛私のそばに’は現場で演技をする時に自ら感じたことと試写会で直接見る時の感じで差がなかったのですか。 完成された映画を初めて見た時どうでしたか。

“ ‘ルーゲリック病という素材を扱ったがその病気に焦点がたくさんあたってはいないな’という感じでした。 惜しかったりしたが監督の主観や意図があることなのでそれは私の主観でないと考えました。 ‘私の愛私のそばに’はただ素材だけルーゲリック病であってルーゲリック病を直接的に扱った映画ではないのです。 ただしこの作品に対する広報が私の減量に合わされていたからそのように思われるだけでしょう。 ジョンウを演じなければならない私はルーゲリック病患者として生きなければなりませんでした。 私が見せることができたのはルーゲリック病患者のディテールであったし、また劇中でどれくらい実際と近いルーゲリック病患者として生きて死ぬかでした。”

-特に後半部で演じる時そうしたでしょうね。

“本当にそうしました。 患者として死んでいく状況ですから。 でもその時は私がどのように演技をしているのか把握できなかったんですよ。 それで自らの演技に対して非常に不安だったんです。 モニターを確認できる余裕もなかったんです。 ベッドにずっと横になっていて監督が撮影に入ると言えばやっと起きて演技をしました。 没頭するといったが何か不安でどんな感じを持ってしたのか私もよく分からなかったんですよ。 万一私の感覚が100ならばその中50だけ目覚めていたといいましょうか。 結局その部分では監督だけ信じて行きました。 ‘監督がOKなら私の演技はOKでしょう’という信頼一つだけで演じました。 それでも現場で結局何度か問い直しましたよ。 ‘監督、本当にOKそうでしょう?’(笑)”

-もう映画で直接確認できますがどうですか。 OKだったのですか。(笑)

“私が演技を自ら満足するのは不可能なことです。 それでも50%程度はやり残さなかったようです。(笑)”

-‘私の愛私のそばに’は色々な側面で本当に難易度が高い演技を要求したようです。 その中でもどんな場面が特に演技するのが難しかったのですか。

“すべての場面が全部大変でした。 闘病場面は闘病場面のとおり、キスする場面はキスする場面のとおり全部難しいですよ。 初めにシナリオを受けて読んでため息だけして休みました。 この映画をすれば死にそうだったんですよ。 以前にはそのように感じたことが一度もなかったのにですよ。”

-闘病場面は演技が容易ではないのが十分に予想されるが、キスを含んだ愛の場面はなぜ難しかったのですか。

“どうしてもそのような場面では俳優として女優を安らかにリードするべきなのに、劇中境遇のためなのか、でなければ私がリードをよくできない性格なのか、自らもぎこちないという考えがずっとありました。 それでNGも何回か出しましたよ。 自分自身プロではないような自責感まで感じました。”

-俳優も女優に劣らないようにキスシーンやベッドシーンで気まずくなりますね。(笑)

“どうしてもそうです。 相手俳優の感情から理解しなければなりませんから。 キスシーンやベッドシーンをとる日に女優を見れば雰囲気が冷たいです。 緊張も本当に多くて。 事実そのような姿に出てくることになるのが好きな俳優はないわけではありませんか? そうするうちに一緒に気を遣うことになって、またそれと共に私も自ずから敏感になるようです。”

-でもキム・ミョンミン氏は映画デビュー作の‘鳥肌’で非常に過激なベッドシーンをすでに消化されたのではないですか?(笑)

“その時は本当に戦闘的に水も火も見分けないでしましたよ。(笑) 当時には気持ちもちょっと不快でした。 おっしゃった通りそれが私の初めての映画だったのではないですか? その作品で相手俳優の故チャン・ジニョン氏は脱衣をすべてではなく下着を着ていたが、男という理由で私だけ全部脱いで演技しなければならなかったんですよ。 そのベッドシーンをとった日、監督がチャン・ジニョン氏中心でだけ鉄桶のような保安をされるのです。 初めには俳優に対する配慮が多くなかったんです。 でも私は服を全部脱ぐことになっても女スタッフが平然と私の周囲を通るのです。 女性スチール記者はずっと写真を撮っていましたし。(笑)”

-女優の心情を推し量って下さるのに俳優は全く気を遣うことができなかったんですね。(笑)

“いくら男でもそんな時は恥かしいものだったが、とても女優を配慮して下さったのでしょう。 シャワーシーンを撮る時も全く同じでした。 これはちょっと度が過ぎているのではないかと思って、私も気づかない内にベッドシーン演技で感情がのせられたようです。 それで私が撮る前にわざわざ質問しました。 ‘監督、これ無知にすべきなんでしょう?’(笑) 監督がそうしろと答えて本当に無知に演技しましたよ。 結局その場面は一度にOKになりました。 他の場面は何回か繰り返して演技をしたんですけどね。”

-色々なインタビューで故チャン・ジニョン氏に対して申し訳ない心を切切と話されました。 2年前私は韓国映像資料院で‘鳥肌’を再び見る行事を進行したことがありますが、その時チャン・ジニョン氏は当時俳優から演技を引き出すユン・ジョンチャン監督の方式が本当にすさまじかったと笑って明らかにしました。 その時ユン監督は“二人のうち一人だけ生き残る”と言ってずっとライバル意識を刺激したそうですね。 共に主演する男女俳優はよく補助的な関係にあると考えられる時が多いがちょっと異例的な状況だったようです。

“そのとおりですよ。 その時は本当にすべてのことがあまりにも戦闘的でした。 当時は私が思いやりが少なくて器が小さくて私の欲満たすことにだけ汲汲だったようです。 それでチャン・ジニョン氏が亡くなられたという話を初めて聞いた時申し訳ない心があまりにも強かったです。 ‘鳥肌’でもう少し格好良く共同作業することができたのにそう出来なくて申し訳ないのです。 映画が公開された後、私でないチャン・ジニョン氏がさらに多く脚光を浴びることになった状況に対して嫉妬もたくさんしました。 その映画でチャン・ジニョン氏が青龍映画賞主演女優賞を受けた時も心より祝賀することができなかったようでとても後悔してるんです。”


キム・ミョンミン






























-‘私の愛私のそばに’の演技を終えた状況で今最も惜しいのはなんですか。

“私は自ら体重を減らすだけ減らしたが、私が見るには後半部へ入ってからは特別差がなく見えましたよ。 演技をする前に助けをちょっと受けようとルーゲリック病患者方々にたくさん会ったが、最後に見ればその方らの手首が本当に細いです。 そのような点などを反映してもう少し写実的に見せることができなかっただろうかと思う物足りなさがあります。 監督は私に‘これはルーゲリック病ドキュメンタリーでないのさ’と話したが、私は素材がそうしただけにルーゲリック病に対するディテールが生きるべきだと思いました。”

-それでは何と20kgを減量してもさらに減らさなければいけなかったと思われますか。

“そういう欲が出ます。 だがそれは人間の限界と関連があるんです。 ルーゲリック病に対するディテールらをさらに探して演技しなければならなかったのにそうでなかった。 当時には最善だと考えたが過ぎたら常に物足りなさが残ることになりました。”

-‘ベートーベン ウイルス’のカンマエ、‘白い巨塔’のチャン・ジュンヒョク、‘不滅のイ・スンシン’のイ・スンシンなどキム・ミョンミンという俳優を特別に記憶させるキャラクターは皆真のプロでした。 非常に男性的な人物でした。 ところが‘私の愛私のそばに’のジョンウは全く違う感じでしょう。 このキャラクターの核心は何であると考えましたか。

“ジョンウのキャラクターは正確に申し上げればルーゲリック病の進行過程と一緒にあります。 彼のキャラクターを左右するのはルーゲリック病であるわけです。 その病の進行過程にしたがって意志もできて挫折もするでしょう。 その病気があまりにも大きいのでキャラクターがそこに集約されているのです。 後ほどにはルーゲリク病が彼をもてあそぶことがなります。 私はジョンウが法学徒でも性格が肯定的でもそれが重要ではないとみました。 核心はルーゲリック病患者でした。 これがルーゲリック病ドキュメンタリーでないとしてもその人の性格まで把握するならその病気に近づかなければならないというのが最も大きい目標でした。”

-それなら演技しなければならないキャラクターを眺める俳優の見解でジョンウはカンマエやチャン・ジュンヒョクと完全に違うケースだったでしょうね。

“カンマエは天才的な指揮者でチャン・ジュンヒョクは天才的な外科医者でしょう。 ところがそのような事実によって左右されるのはあまりありません。 二つとも本来野望が大きくて独善的な性格といいましょうか、手術が上手で指揮が上手で野望を持つこともあるだろうが言ってみればそれは50%程度だったでしょう。 だがジョンウのルーゲリック病はほとんど100%なんです。 ルーゲリック病以外にこの人に対して説明することがないんです。”

-ルーゲリック病患者の世界へ入ろうとする方法には減量の他にどんなものがありましたか
 

“準備過程が切実だったが資料があまりにもなかったです。 ただルーゲリック病患者に直接会えて話を交わして状態をチェックした後、保護者の事情を聞いてから自ら整理をしたのが全てでした。 いくら真似てみても減量しないで力が残っていると感じががわからないです。 ルーゲリック病患者という病状により性格がどのように変わるのかもよく分からない、とても不安でした。 それでひとまず撮影に入ってからは徹底的にルーゲリック病患者で生きなければならないと決心しました。 劇中でジョンウはインターネット ショッピングをするのが唯一の趣味になるので中盤部以後には私もやはり宿舎でインターネット ショッピングをしていましたよ。(笑) 私も驚きました。 (自らずっとカーテンをおろして)光さえ入らなくなった宿舎で私ができるのはそれしかなかったのです。 ホテルで一日だいたい二時間だけ寝て残った時間を過ごすことができる唯一の楽しみがインターネット ショッピングだったのです。 インターネット ショッピングを本当にたくさんしました。 毎日宅配の方が訪ねてきましたよ。(笑)”

-主に何をお買いになったんですか。

“スピーカーについて何日かかけて調べた後、安くて良いものを選んで買いました。 そのように一つ二つ購入してみたら後日には宿舎にホーム シアターが構築されましたよ。(笑) 着ようが着まいがTシャツとズボンもたくさん買いました。 痩せてみたら私に合うサイズのズボンがなかったんですよ。 体重をたくさん減らしたというけれど自らからだを見る時はそれほど差がないように見えたので確認するために27サイズのズボンを買ったりもしましたよ。”

-そのように到着したズボンを履いてみた後に非常に満たされたでしょうね。(笑)

“おお、これが本当にピッタリ。(笑) 目で確認して自ずから証明されるんです。 そのように何度も着ればまたその間に体重がさらに減ってそのズボンも合わなくなります。 それで明日着るズボンを買わなければならないと考えてまた楽しくなるんです。(笑)”

-からだの状態に深刻な無理があり得る20kgの減量とは本当に俳優としてものすごい準備姿勢ではないのかと思います。 その部分に対して多くの方々が感心してまた拍手を惜しまないでいますね。 誠実な姿勢に基づいたキム・ミョンミン氏の演技が賛辞を受け入れたのが昨日今日の話ではありませんが。

“私には負担になるほどです。 他の俳優の方が見れば‘我が国に俳優があの子一人なのか?’ということです。 不快な方々もおられるでしょう。 俳優として私はとても過大評価されています。 多くの方々が演技をよくやり遂げるために努力してまた誠実に過程を経ているのに唯一私の過程があらわれてある瞬間からそうなったようです。 以前にはそのような反応に接する時ごとに本当にきまり悪かったです。 でも今は私に送る拍手が私の優れた演技力に対するものでなく‘あの人は俳優として本当に熱心に生きる。 私もあのように生きなければならないけれど’という心でそうされると分かって受け入れるから心がちょっと楽になりましたよ。”

-私は‘私の愛私のそばに’を見てキム・ミョンミン氏の誠実さと演技力に驚きながらも他の一つにはこういう気がしました。 この映画ではジョンウというキャラクターがみえなくてルーゲリック病患者だけ見えると思うんです。 ジョンウがどんな人なのかよく分からないという感じだといいましょうか。 病に罹る患者だけ見えてその病に罹る人物自体が見えないならそれが劇映画でどんな意味があるということだろうか疑わしくなりましたよ。

“そのように感じたのは恐らくとった場面が編集過程でたくさん削除されたためでないかと思います。 それは監督の意図でもあるんです。 そのような部分に対して描写した場面を除去してもう少し速度感あるように進行したかったのでしょう。 ジョンウの感情よりは6人病室の雰囲気や尊厳死に対するものなどをもう少し詳細に見せようとしたこともあるようです。 監督はこの映画を通じて表現しようと思うことをまんべんなく表わされたようです。”

-患者のように見えるということと患者としてよく演技するということは別であるということもあるのではないでしょうか。

“そうです。 だが私には観客が劇中の俳優の姿を見て演技という気がしてはいけないという考えが最初です。 ひとまず患者のように見えるならば以後に俳優がどんな演技をしてもみな信じるんです。 それでドキュメンタリーを見るように没入できないでしょうか。 ‘あの人がどれくらい痛いだろうか’と真正性を感じるなら観客も共に痛く感じて苦しみます。 私は二つのうちで一つを選ぶべきだとすれば‘患者のように見せるべきだ’を選びそうです。 もちろんその演技が国語の本を読むようにする水準ではダメですが。(笑)”

-ニコラス・ケイジは‘バンパイア・キッス’であえて必要がないのにゴキブリを直接口に入れてかんで食べました。 坂本スミ子 は‘楢山節考’で演技のために生歯を石で打って破ったりもしましたし、こういう劇的な事例に対してどうに見ますか。

“ニコラス・ケイジや坂本スミ子は演じながらそうしてこそ本質に入ることができると考えたでしょう。 それならばそうしなければならないですね。 それは私も同じことです。 あえて体重を20kg減らして役を消化する必要があるかという疑問がありえます。 でも私にはそれが本質に入る最初であり最後の道でした。 違う道はないです。 その俳優もそのように考えたでしょう。 ゴキブリをかんだのとかまないのは後で見れば途方もない差です。 観客は本当に疑いが多いですね。 だが‘戦場からの脱出’でクリスチャン ベールがウジに似た虫を食べる場面を私が観客として見るなら、それが虫ではないかもしれないという疑いが全く入りません。 これはクリスチャン ベールですから、そのような信頼があるんです。 ベトナム戦で捕虜になって体験するあらゆるぞっとしてじめじめした状況がそれを食べる場面一つでみなあらわれます。 監督があえて説明しなくてもその場面だけで皮膚にさっと感じられるんです。”

-俳優が役にどの程度まで一致させるべきだと思いますか。 例えばいくらものすごい俳優でも殺人者キャラクターをまともに消化するために殺人を経験することはできないですね? 患者役をするといっても患者に見えるように痩せることはできるがその病気自体にかかることはできないです。 マラソンでテープを切って入ってくる場面を演技するために撮影直前まであらかじめ42kmを走ってくることはできないではないですか。

“私が持った限界と時間の制約の中で最大限近接することです。 普通、役割を消化できる時間が3~4ヶ月程度が与えられます。 そのような時間的限界の中で私が持った限界を克服してみるものです。 役割を受け持つ時最も注意しなければならないことがまさにその点にあります。 3~4ヶ月の間どれだけ近づくか。 結局は練習量でしょう。 テープを切って入ってくる場面を演技するために42kmを完走することはできないでしょう。 だがその場面を突然撮ることもできない。”

-その場面を演じるならどうしますか?(笑)

“私なら午後に撮影をしようとお願いして、お昼を早く食べて2~3時間をずっと走っておくでしょう。(笑)”

-確かにキム・ミョンミン氏はそのような場面を撮ることになれば、前もって他の俳優より最小限3~4倍はさらに走ってきそうです。(笑)

“私はからだに感じがくる時と来ない時が完全に違います。 そのままふりだけすれば何か直ちにばれそうです。 私もマラソンをしてその感じが分かります。 私の足の裏が私のものではないようです。 低体温症も訪ねてきますよ。 そのような色々な感じがあるのにそれを無視することはできません。 マラソン選手とは違い殺人者役を受けて殺人をすることはもちろんないでしょう。 私が言葉どおりルーゲリック病患者になることもできません。 それさえもそのようなふりだけするんです。 ただしどれだけそのようにするかということです。 万一私が殺人者役を受けるなら殺人者に会って対話をするでしょう。 ‘人を殺す時、どういう気持ちなのですか?’のような質問をしてです。”

-殺人者役を受ければ本当にそのような過程を経られそうですか?

“はい、私はそうだと思います。 知り合いの刑事の方を探してお願いするでしょう。 ちょっと恐ろしいですが。”

-それから本当に凄じい演技が出てきそうですが?

“必ずそのような過程を経なければならないようです。 間接的では想像が出来るが直接聞くこととは違うでしょう? 事実の人々は誰でも心の中で誰かを殺したい時があるようです。 運転する時もそのような気持ちがいきなり押し寄せたりもして。 周囲に唯一いやな人いることもある。 それを演技を通して間接的ながら代理体験して見ることができるということは俳優の職業が持った特別な側面です。 その瞬間だけはもちろん演技だが刺してみてもかまわないということじゃないの。(笑)”

-聞いて見たらうらやましいというよりはぞっとするんですが?(笑)ルーゲリック病はどうでしょう。 それは役をやり遂げても代理満足がないわけではありませんか?

“ないです。 苦痛だけあるだけでしょう。 それで恐らくルーゲリック病を扱った映画が以前になかったようです。 役を引き受けていくら資料を探してもそのような映画はなかったんですよ。”

-‘私の愛私のそばに’の序盤場面でジョンウはチスに自身の病気に対して“あっ、ルーゲリク? といって何、 寿命がだいたい2年残ったか?”と何ともないように話します。 万一今から人生がぴったり2年だけしか残っていない癌患者ならどのように暮らしたいですか。

“劇中で死んでいく役を受け持って本当にリアルな演技をしながら死にたいです。 私の病気をまともに使うことができる機会じゃないの。 万一私が癌患者なのに劇中配役が癌患者なら実際と演技が完全に一致した状態で病の進行過程に合うように演技をすることができるでしょう。 癌患者で扮装する必要もなくて良いでしょう。 それと共に映画のラストシーンで私が引き受けたキャラクターが死ぬ時、実際に俳優の私も死ぬのです。 どうせ私が癌患者として死んでいっているのに俳優としてそのような状況を使えなければ惜しくはないですか?”

-キム・ミョンミン氏は本当に恐ろしい俳優ですね。(笑)

“そうではありませんか? ただひとつ、封切りを見られないで死ぬのが惜しいけれどそれでも何、そのような演技を最後に残すことができるからです。”

-それなら今回も‘私が実際にルーゲリック病患者ならばどれくらい良いだろうか’と望んだことがあったかけたのですか?

“はい、本当にそうでした。 ルーゲリック病患者の方に会ってあまりにもやせこけているからだを見ればそのように病気を得ても痩せたかったことでしょう。 ところで切実に望むから本当に体重が落ちる事は落ちましたよ。(笑)”

 

ようこそ~♪

映画「私の愛、私のそばに」の日本公開に向けて別館ブログを立ち上げました。 最新情報やキム・ミョンミン氏の過去のインタビュー記事等を紹介します。 こちらではコメントは受け付けていませんので、映画やミョンミンさんについてのコメントは本館「はっぴーるぴなす」でお待ちしております~(*^。^*) http://happylupin.blog113.fc2.com/
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